大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(う)1279号 判決

被告人 奈良武則

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

但し二年間右刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収に係るビラ一七八枚(東京高等裁判所昭和三七年押第四七三号の一乃至八)はこれを没収する。

原審並に当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官の所論は、本件公訴事実は科刑上一所為数法の関係にある公職選挙法第二三五条第二号違反の罪と名誉毀損罪との二個の訴因を含む事案であるところ、原判決は、右公訴事実につき後者の訴因である名誉毀損罪についてはその成立を認めたにも拘らず、前者の訴因たる公職選挙法第二三五条第二号の所謂虚偽事項の公表罪については、被告人が頒布した本件ビラの摘示事実が虚偽であると断定し難く結局犯罪の証明がないものとして無罪たるべきものと判断したが、原審で取調をなした証人伊東祐長同田村寿子同長沼啓作の各証言、長沼啓作作成名義の診断書等を綜合すれば右摘示事実が虚偽の事項であることを明認することができるのであるから原判決は結局証拠に関する判断を誤り事実を誤認したものと云うべく、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄した上虚偽事項の公表罪についても有罪の認定をなすべきものである、と云うに在る。

ところで、原判決は被告人が大月市長選挙の候補者伊東祐長に関する事実を摘示し、もつて同候補者の名誉を毀損したと判示しながら、被告人の該所為が公職選挙法第二三五条第二号の罪にも該当するや否やの判断を説示するに当り、「右摘示事項が虚偽であると認めるに足る十分な証拠はない」とか、「被告人が摘示した右事項が虚偽であるとまでは断定できない」というのである。しかし、被告人の所為につき名誉毀損罪の成立を認めたのは、その摘示にかかる事実の真否を判断した結果真実なることの証明がなかつた場合に該るとしたからであるといわなくてはならない。真実なることの証明のない場合とは、摘示した事実が虚偽であるという誘いに外ならない。だからこそ、名誉毀損罪の成立を認めたわけである。にもかかわらず、右のごとく「虚偽であると認めるに十分な証拠はない」とか、「虚偽であるとまでは断定できない」というがごときは、論理上の矛盾を露呈するものであり、また、訴訟関係人の主張に対する判断として説示する項において、「真否何れとも判然しない」というに至つては、益々もつて、原判決の真意を理解するに苦しまざるを得ない。摘示された事実の存在を否定するに足る証拠の認むべきもののない限り、該事実は虚偽であると断ずるに憚りあることはないのである。それ故に、該事実の摘示につき名誉毀損罪の成立を認めると同時に、該所為につき公職選挙法第二三五条第二号の罪の成立をも認むべきものであることは、理の当然とする所である。しかり而して、被告人の原判示所為たるや、原判決挙示の対応証拠によれば、大月市長選挙の候補者たる伊東祐長の当選を褥させない目的をもつて、同人に関し虚偽の事実を記載したビラ約一七八枚を多数人に頒布したというのであるから、該判示所為は、まさに、刑法第二三〇条第一項所定の名誉毀損罪に該当するとともに、また、公職選挙法第二三五条第二号所定の、公職の候補者に関し虚偽の事項を公にした罪にも該当するものとして被告人を処断すべき筋合である。しかるに、原判決は事茲に出でず、後者の罪の成立を否定した。これは、明らかに違法な措置であつたといわなくてはならない。それで、論旨は結局理由あるに帰するので、原判決はとうてい破棄を免れない。

そこで、刑訴法第三九七条に則つて、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用して、次のごとく判決する。

すなわち、原判決の認定した事実を法律に照らすと、被告人の所為は刑法第二三〇条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するとともに、公職選挙法第二三五条第二号に該当するので、刑法第五四条第一項前段第一〇条により重き刑法第二三〇条第一項の罪の刑をもつて処断すべく、刑の量定につき案ずるに、被告人が自己の支援する候補者の対立候補者伊東祐長に当選を得させない目的で判示認定の主として私行上の非行を暴露する形式のビラを撤布して、伊東祐長の名誉を傷つけ、かつ、また、公正たるべき選挙運動にも汚点を印すものではあるが、被告人はビラにおける摘示事実の真実なことの証明をなし得なかつたけれども、当裁判所の審理の結果から見ると、伊東祐長については、とかくの風評のあつたことは事実であるようでもあり、また、その後同人との間に和解が成立し、同人は被告人を宥恕したこと等諸般の情状を考慮すれば、被告人を厳罰に処する必要はないものと考えられるので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、刑法第二五条を適用の上裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予するを相当とし、右罰金を完納することができないときは刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収に係るビラ一七八枚(東京高等裁判所昭和三七年押第四七三号の一乃至八)は本件犯行の供用物件で犯人以外の者に属さないから同法第一九条第一項第二号第二項本文によりこれを没収し、原審並に当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り全部被告人に負担せしめることとし、主文の如く判決する。

(裁判官 尾後貫荘太郎 鈴木良一 飯守重任)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例